冥府

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冥府の戦友と語る



北満の地を踏んで

索漠たる原野を進み珠河駅についた。
心に描いた満州の風物は徐々に納得が出来た。
故郷と比較対象外として拘りもなくなった。
素直に受け入れ同化することが出来るようになった。

ここ延壽(えんじゅ)の地は渡満後最初の駐屯地であった。
ハルピン市の東方、珠河(しゅが)駅に下車して歩いて二日行程のところである。
満州北辺の地でありソ連との国境に近かく荒漠たる原野は我々には別天地で地球の大きさを思い知らされた。
ここに駐屯した軍勢は粛清という作戦名である。

即ち満州事変後中国との国際条件交渉の中で満州事変後におけ(る)我が国の利権確保の治安維持であった。
国策遂行の為の重要な任務であった。
夜空に北極星が頭上に輝き原野の中にポツンと出来た街である。
いつの頃から住みついたのだろうか古い漢民族の歴史がこびりついていて緑の大地にポッカリと浮いた牧歌的な香りが漂う街であった。

その名も延壽というゆかしい街、入り口には古色蒼然とした門が構えて豊かな情緒を漂わせている。
その門を基点にして高さ約三米の土塀が街をすっぽりと回っている。
治安維持のための構造であろう。
街の中央部には彩られた煉瓦造りで文化を思わせる家並みもある。

殆ど黄褐色の土で塗り固めた平屋である。
我々が利用した建物は門の外側にあった。
どんな目的で使ったのかわからないが集団生活に使った構造であった。
家屋構造は煉瓦と土と木造の混合であった。
内部の両側は寝台兼休憩所兼食堂である。
中央通路には石炭ストーブがあった。

両側の床はオンドル寝台になって北満の寒さに堪えられる構造になっていた。
シラミの育ちがよくシラミとの共存であった。
井戸はコの字家屋配置の中央に手たぐり巻き上げ方式の深井戸で水質はよく生水が飲めた。
辺境の街の夜は淡い電灯が侘しさを誘った。

勿論ラジオはない、荒漠たる原野で堪えられた環境は何か、若さと使命感であったと思う。
読みたい本や一切の娯楽施設もない、従って日常の剣術や射撃、訓練が楽しい日課であった。
現地人を雇っての炊事はいくら文句を言っても彼らの舌に合わせた激辛のカレーには参った。
しかし何でも口にするものはおいしく空腹を満たし日々の訓練に励んだ。

考えてみれば修験道場そのものであった。
シラミ獲りも日課であり、これに熱中することも楽しみの一部であった。
戦友同士が話題を出し合って尽きない家庭生活、身の上話、職業、趣味等のことがお互いを知り合う機会となり信頼と友情が深まる事になった。

初めての異国の地・人・言葉・文化なんでも珍しく若さの好奇心で燃えた。
時にはキャンプにでも出かけたようにはしゃいで、休日には露天市場や店での買い物、食事等或いは散策をして覚束ない現地語で現地人とはしゃぐ、微笑ましい情景もあった。
暫くして徐々に風土、人情に溶け込み親しんでいった。

民族・言葉・風俗習慣を越えて交流もあった。






ハルピン・延壽・一面坡・穆稜駅



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